287■ホンとデート
最近は、本を読むのが楽しくてしょうがないのです
ある仕事先へいくと、毎週のように立ち寄ってしまうのが
平日夜の丸の内、oazoの中の丸善。
本に囲まれるとトイレに行きたくなるわたしは
このトイレ設備が完璧な本屋さんに入り浸りです
購入したてでホカホカの本を、
そのまま4Fカフェへ持って行き、
ある程度読みふけって帰宅すると
だいたい21時過ぎちゃうのだけれど、
それがものすごく楽しいのです。
本屋に囲まれたカフェでは、
どっぷり本を読み込んでしまっても
誰にも咎められない許された空気が漂っていて
なんだか落ち着きます
そうやって直感で購入した数冊の本を持ち帰り、
翌週のその曜日までに、読み終えようと少し焦ります
なぜなら、また翌週になったら同じように丸善へ行って
その行動を繰り返したいから!
その楽しさは、
誰かと待ち合わせしてデートしてるみたいな感覚
ひっきりなしに恋愛していないとダメな体質じゃないけれど
読みたくてしょうがない本がない生活は考えられません
…よく思い出せば、本がない生活もあったけれど、
それは人生に絶望している時ですね
ということは、ただ今、人生を謳歌しているのでしょう
ところで、
トイレは排尿・排泄をする場所で、無防備になる場所
本屋でトイレに行きたくなる理由はいろいろなんだろうけれど
わたしの場合は、
まさに本屋は、自己が解放される場所なので、
トイレに行きたくなるのだと思います。
小学生の頃に、親の圧力が厳しい家庭だったので
閉じ込めれているような不自由を感じたけれど
本は自由への扉だと思った記憶があります
与えれた限られた現実の環境を飛び出して行ける羽
知的好奇心を満たすものとして本を選んだ
んじゃないかと思うことがあります
TVも一日1時間限定でしたからね
そして、
幼少の頃から、外のトイレは苦手でして、
大人になっても、外出先のトイレは落ち着かない場所です
まだ学生だった頃に、
「将来どんな家に住みたい?」って尋ねられたとき
「自分の部屋にトイレがある家!」と即答しました
尋ねた相手からは水回りにコストがかかりすぎるねと
冷静に指摘されちゃったけれど、
現在わたしの住んでいるこの部屋には
myトイレがあります
SOHOタイプの間取りなので、そんなことになってます
夢は願えば知らないうちに実現するということでしょうか
家のトイレよりmyトイレはもっと快適
外のトイレは落ち着かないはずなのに
本はわたしを解放してくれるので
本屋ではトイレに行きたくなるのです。
そして、この習慣はデート感覚…
なんて理にかなっているのでしょう!


Comments
こんばんわ
丸善というと、梶井基次郎の小説で丸善の店の中の本棚に檸檬を置くシーンを思い出します。この小説を読んだのは高校の時だったと思うのですが、どういうわけか、この丸善はお茶の水の丸善だとかなり長い期間思っていました。これは(今では閉店してしまった)京都河原町の丸善だったことに気がついたのは、大学を出てからかなりの年月がたってからです。さだまさしの歌で「檸檬」というのがあるのですが、この歌の中で、お茶の水の聖橋から檸檬を投げるというのがあって、そのイメージが強かったのだと思います。
「購入したてでホカホカの本」というのはいいですね。買ったばかりの本って、本当にそういう感じがしますよね。あと、においかな。買ったばかりの本のページのにおいとか。
Posted by: 真魚 | May 26, 2006 at 01:07 AM
真魚さん、こんにちわ。
丸善といえば、わたしは洋書のイメージなのですが、実は文具からはじまったようです。どっちにしても、時の政策と関係が深いのでしょう。
以下のURLに、丸善の簡単な紹介がありました。
http://www.maruzen.co.jp/home/tenpo/stationery.html
梶井基次郎のレモンについては、こちら。
http://www.maruzen.co.jp/home/tenpo/domesticbooks.html
買ったばかりの本からは、これから読まれるもののフレッシュさと勢い、を感じますね。
Posted by: 珍獣 | May 26, 2006 at 02:31 PM
珍獣さん、こんにちわ。
本屋に行くとトイレに行きたくなる、というのは、私が最初に聞いたのは妹からで、も数十年も前だったと思います。
ずいぶん後にそれが話題になるようになって、動物行動学の竹内久美子さんが理由を分析していました。
ご存知かもしれないし、私も前に書いたことあるかもしれないけど、人間が森林と共に暮らしていた頃の名残だとか。
まさに真魚さんの仰る本(原料・木)の匂い、なんだそうですよ。森林の中での排泄行為が森を肥沃にし、木を大きく育て、果実を実らせ、動物を育て、結果的に人間の生存に有利になる、ということらしいです。
ということは、森林浴などしたら、本屋さんよりもっと欲求が激しくなるのかもしれませんね。聞いたことないけど。
私の場合は、(そんなに本好きだとか本を沢山読むというわけでもないのに)本屋さんで、タイトルを眺めて歩いているだけで、ワクワクしてきて、みぞおちのあたりがドキドキ、ついでに腸の働きが活発になる、というような感覚に襲われることはあるんですけどね。
Posted by: robita | May 26, 2006 at 03:41 PM
robitaさん、こんにちわ。
本屋に行くとトイレに行きたくなることを、「青木まりこ現象」とも言うそうです。真魚さんのおっしゃるのは、買ったばかりの本からにおう新しい印刷物特有のインクのかおりじゃないか、と察してました。
どうも、以下のwikipedia「青木まりこ現象」にも、トイレに行きたくなるのは、本のインクのかおりが原因じゃないかという分析もあると記載されています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/青木まりこ現象
>人間が森林と共に暮らしていた頃の名残<
この説も、面白いですね。納得してしまいそう。
ただ、森林浴のためにハイキングに行っても、わたしは、外のトイレという存在との葛藤(?)で逆にトイレへの欲求はなくなります(笑)
ちなみに、本とトイレの関連性を説明する定説はまだないそうです。
ずいぶん前に「青木まりこ現象」を知ったとき、生理現象には、個々の慣習とかトラウマのような事情が強く影響を与えている気がして、それを大きく分類はできるかもしれないなと思った記憶があります。
>タイトルを眺めて歩いているだけで、ワクワクしてきて、みぞおちのあたりがドキドキ、ついでに腸の働きが活発になる<
robitaさんも、本に対して高揚感はあるようですね。
これはやはり右脳より左脳、知的好奇心からじゃないですか?
Posted by: 珍獣 | May 26, 2006 at 08:28 PM
こんばんわ
そうですね、丸善というと、漱石の小説の中で丸善に洋書を買いに行ったという記述を思います。丸善と言えば、洋書、万年筆ですね。
なんと、教えて頂いたページを読むと、今でも店内にレモンを置いて立ち去る人がいたんですね。これ、やりたかったなあ(笑)。京都の丸善はなくなってしまったので、もうできなくなりました。
なるほど「青木まりこ現象」ですか。そういえば椎名誠の本に書いてありました。
本を買った後でのカフェでは、なにか軽いものでも食べるのでしょうか。だとすると、食べることも出すこともあって、おなかの健康には良さそうですね。「購入したてでホカホカの本」というのを読んで、できたばかりのホカホカのパンを思い出してしまいました。
Posted by: 真魚 | May 28, 2006 at 01:25 AM
真魚さん、こんばんは。
oazoの丸善には、各出版業者専用とでもいえそうな、ディスプレー棚が通路にあり、平積みや立て札以外の見せる売り方が工夫されています。その棚の片隅に、レモンを置いても、青カビが生えるまで誰も気づかなかったらと心配になるくらい広いです。
置いて立ち去らぬようお勧めします。
>本を買った後でのカフェでは、なにか軽いものでも食べるのでしょうか。<
いえ、食べません。
いつもはブラックのところを、
糖質補給のためウィンナー・コーヒーにするくらいですね。
Posted by: 珍獣 | May 28, 2006 at 10:44 PM